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東京家庭裁判所 昭和44年(家)4604号 審判 1969年9月22日

(国籍 オランダ 住所 東京都)

申立人 ヴアンヒンメル・セドリック(仮名) 外一名

未成年者 前田守(仮名)

主文

申立人らが未成年者前田守を養子とすることを許可する。

申立人ヴアンヒンメル・セドリックが、被後見人である上記未成年者を養子とすることを許可する。

理由

一、本件申立の要旨は、「申立人らは、一九六一年三月一七日婚姻した夫婦であつて、一九六三年(昭和三八年)に来日し、昭和四一年一月二三日以来孤児である未成年者前田守を引きとつて養育し、同年五月一〇日には当庁の審判によつて申立人ヴアンヒンメル・セドリックが後見人に選任されたものであるが、上記未成年者を養子としたいのでその許可審判を求める」というにある。

二、そこで審理するに、申立人らの婚姻証明書の写し、申立人ヴアンヒンメル・セドリックの養子縁組同意書、特別代理人大森勝の養子縁組承諾書、未成年者の戸籍謄本、家庭裁判所調査官寺戸由紀子の調査報告書ならびに申立人ヴアンヒンメル・エリゼーに対する審問の結果によれば、つぎの事実を認めることができる。

(一)  申立人ヴアンヒンメル・セドリックは一九三二年五月九日オランダ国ロッテルダムで生まれ、オランダ国籍を有する者であり、申立人ヴアンヒンメル・エリゼーは一九二〇年一〇月一三日フランス国パリで生まれ、フランス国籍を有する者であつて、申立人らは一九六一年三月一七日婚姻して夫婦となつたこと(申立人ヴアンヒンメル・エリゼーは婚姻によりオランダ国籍をあわせ取得した)

(二)  申立人らは、一九六三年(昭和三八年)六月ともに来日し、申立人ヴアンヒンメル・セドリックは、アメリカの商事会社であるシー・オー・シーのマネージヤーをし、経済的にもかなりの余裕があること

(三)  未成年者前田守は、昭和四一年一月一二日、日本で生まれ父母が知れないため、横浜市中区長の調書により戸籍の記載がなされているもので、日本国籍を有すること

(四)  申立人ヴアンヒンメル・セドリックは、昭和四一年五月一〇日当庁の審判によつて未成年者の後見人に選任されていること

(五)  申立人らは、上記未成年者を養子にするため、昭和四一年一月二三日に引きとり、今日まで約三年半これを養育して来ていること

(六)  申立人らには、昭和四三年七月五日の当庁の許可審判によつて縁組をした養女ヴアンヒンメル・マーシー(一九六五年三月二五日生)がいるが、未成年者は同女とは真実の姉弟のように協調していること

(七)  本件の養子縁組については、申立人ヴアンヒンメル・セドリックが未成年者の後見人として未成年者と申立人ヴアンヒンメル・エリゼーとの縁組に同意し、かつ特別代理人大森勝が未成年者と後見人である申立人ヴアンヒンメル・セドリックとの縁組に同意していること

三、上記認定の事実によれば、本件は養親となるべき申立人らがオランダ国籍を有し(養母となるべきヴアンヒンメル・エリゼーはフランス国籍をあわせ持つている)、養子となるべき未成年者が日本国籍を有する、いわゆる渉外養子縁組事件であるので、まずその裁判権ならびに管轄権についてみるに、申立人らおよび未成年者はいずれも東京都内に住所を有していると認められるから、本件について日本国裁判所が裁判権を有し、かつ当裁判所に管轄権があることはあきらかである。

四、つぎに、本件養子縁組の準拠法についてみるに、法例第一九条第一項によれば、渉外養子縁組の要件は各当事者につきその本国法によるとされているので、養親については申立人らの本国法であるオランダ法(なお、養母たる申立人ヴアンヒンメル・エリゼーについては、法例第二七条第一項により後に取得したオランダ国籍に従う)が、養子については未成年者の本国法たる日本法がそれぞれ適用されることになる。

そこで、本件養子縁組の要件をオランダ法および日本法によつて審査する。

(一)  まず、オランダ法は民法第三四四J節以下で養子縁組を認め、日本法も民法第七九二条以下でこれを認めているので、本件養子縁組を成立させることが可能である。

(二)  もつとも、日本民法では、養子縁組は養親となる者と養子となる者との間の縁組の合意によつて成立し、ただ、本件のように、養親となる者が養子となる者の後見人であるが、養子となる者が未成年者である場合にのみ、養子縁組を成立させるにつき裁判所の許可審判を必要としている(第七九四条、第七九八条)のに対し、オランダ民法では、養子縁組は養親となる者の申請にもとづき、裁判所の養子決定により成立するというもので、裁判所の養子決定が養子縁組の実質的成立要件となつている(第三四四J節(一))点が根本的に異なる。そして、日本民法の定める被後見人や未成年者を養子とする場合の家庭裁判所の許可審判もオランダ民法における裁判所の養子決定もいずれも養親たるべき者の側および養子たるべき者の側の双方に関する成立要件と解されるので、日本の家庭裁判所の許可審判をもつてオランダ民法の養子決定にかえうるかが問題となる。しかし、オランダ民法の養子決定と日本民法の許可審判とは、いずれも養子縁組が未成年者の福祉に合致するか否かおよび実体法の要求する縁組の要件を充足するものであるかどうかを審査する機能を営む点において実質的にはその手続において類似性をもつということができるから、オランダ民法の要求する養子決定は、日本の家庭裁判所の家事審判法第九条第一項甲類七号の許可審判をもつて代用しうるものと解される。

(三)  そこで、縁組の実体的な要件についてみるに、養子縁組の意思に関して、日本民法は養親となる者と養子となる者との間の縁組の合意を必要とし(第八〇二条第一号参照)、養子となる者が一五歳未満の場合はその法定代理人がこれに代つて縁組の承諾をすべきものとしている(第七九七条)。以上の日本民法の要求する縁組の意思の合致のあることは養親たるべき者の側および養子たるべき者の側の双方に関する成立要件であると解される。しかして、養親となる申立人らが縁組の意思を有することは、前記二(三)の認定に徴してあきらかである。これに対して、養子となる者が一五歳未満の未成年者であり、かつ養親となる者の一方が養子となる者の後見人となつている本件では、他方の養親との縁組についてはその後見人が法定代理人として未成年者に代つて縁組の承諾をしうることに問題はないが、後見人自身との縁組については、法例第二三条第一項によつて適用される日本民法第八六〇条第八二六条により、家庭裁判所の選任した特別代理人による縁組の承諾を必要とするところ、前記二(七)で認定したように、本件では後見人および特別代理人がそれぞれ未成年者に代つて縁組の承諾をしているので、縁組の意思の合致のあることはあきらかである。

なお、オランダ民法は、両親が縁組の申立に反対の意思をもたれないことを要求しており、(第三四四K節(a))、これはもつぱら養親たるべき者の側の要件と解されるが、本件でこの要件を充足していることは申立の経緯に徴してあきらかである。

(四)  つぎに、養親となる者と養子となる者の年齢差として、日本民法はたんに養子は養親より年長であつてはならないとしている(第七九三条)のに対し、オランダ民法は養親が養子より年長でなければならないことは当然としてその年齢差が五〇歳以上ではないことを要求する(第三四四K節)。この点も養親たるべき者の側および養子たるべき者の側の双方に関する成立要件と解されるべきところ、前記二(一)および(三)で認定したごとく、この要件を充足することはあきらかである。

(五)  また、養親となる者と養子となる者の身分関係として、日本民法は養子は養親の尊属であつてはならないとし(第七九三条)、オランダ民法は養子は養親のいずれか一方の嫡出子または非嫡出子ではないこと(第三四四K節(b))を要求する、この点も養親たるべき者の側および養子たるべき者の側双方に関する成立要件と解されるが、本件でこの要件を充足することは問題がない。

(六)  さらに、オランダ民法は、養親は一八歳以下ではなく、かつ養子縁組の申立の日の五年前より夫婦であること、申立の日において養子となる者を三年以上実際に養育していることおよび養親の一方が養子となる未成年者の後見人であることを要求している(第三四四K節(c)(f)(g))。これは、もつぱら養親たるべき者の側に関する成立要件と解され、本件では前記二(一)、(四)、(六)に認定したとおりこの要件を充足することはあきらかである。

(七)  以上、オランダ民法および日本民法によつて審査するに、申立人らが未成年者を養子とすることに妨げとなるべき事情はなく、かつ本件養子縁組の成立には前記認定の事実に徴しまた家庭裁判所調査官寺戸由紀子の調査報告書によつて、未成年者の福祉に合致すると認められるから、本件申立をいずれも許可することとして主文のとおり審判する。

(家事審判官 野田愛子)

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